便利さの代償
2026/04/08
「そういえば、
私たちが若かった頃の公用車って
マニュアルだったよね」
先日、保健師の先輩との会話の中で、
そんな話題になりました。
私が就職した当時は、
職場の車もミッション仕様。
練習をしてから、
家庭訪問に出かけていたよね、と。
私は免許を取ったばかりで、
車の運転にまったく自信がありませんでした。
しかも担当していたのは、
車で30分以上かかる山間の地域。
ヘアピンカーブや細い道、
ダンプカーが行き交うような場所も多く、
訪問に出かけるたびに緊張していました。
そんな私に、
運転手さんや上司の方々が
「昼休みに練習しよう」
と声をかけてくださり、
何度も付き合っていただきました。
今思えば、
初心者の隣に乗るのは
とても勇気のいることだったと思います。
(当時の上司に感謝です)
そのお陰で、1ヶ月もすると、
一人で担当地域に行けるようになりました。
当時はナビもなく、
住宅地図を片手に目的地を探します。
広域地図で全体を把握し、
細かい道は地図を見ながら進む。
そのため、
地域の地理は自然と頭に入り、
いつの間にか地図なしでも
走れるようになっていました。
それから時代は変わり、
車にナビがつくようになりました。
最初はその便利さに驚き、
やがてすべての車に
ナビが搭載されるように。
すると今度は、
地図を見なくなりました。
どこへでも行けるのに、
自分がどこをどう走っているのかは
わからない。
土地勘が、
すっかりなくなってしまったのです。
便利になったはずなのに、
何かを失っている。
そんな感覚が残りました。
ナビがあれば考えなくてもいい。
迷わなくてもいい。
でもその分、
自分で考える力や、
覚える力を
手放しているのかもしれません。
便利さというのは、
ときに人から
「考える機会」を
奪ってしまうものなのだと感じます。
忙しい時代だからこそ、
効率や便利さは大切です。
けれど、
すべてを任せてしまうのではなく、
少し立ち止まって考える時間も、
同じくらい大切なのではないかと
思うのです。
私は、断捨離をするようになって、
「考える」ことを
取り戻したように思います。
これは本当に必要なのか。
今の自分にとってどうなのか。
ひとつひとつ問いながら選んでいく。
その積み重ねが、
自分らしさを
つくっていくのだと感じています。
便利さにすべてを委ねるのではなく、
少し距離を置いてみる。
そんなことも、
悪くないのかもしれません。
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オフィス空(義永直巳)
京都府京都市中京区油屋町89
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