祭の美しさは、終わった後に
2026/07/18
祇園祭前祭の山鉾巡行が終わり、
京都の夏の大きな行事が
ひとつ終わりました。
今年は鉾建てから巡行まで、
ほぼ毎日のように鉾町を歩きながら
日々の変化を見ていました。
そして今年は、
「しまつ」という視点で
祇園祭を見ることができました。
「しまつ」とは、
初めから終わりまでのこと。
華やかな巡行だけが
祇園祭ではありません。
鉾を建てるところから始まり、
宵山があり、
山鉾巡行があり、
そして最後には解体される。
そこまでが、
祭の「しまつ」なのだと思います。
鉾を建てるには
2〜3日かかりますが、
解体はわずか数時間。
建てる時の方が
はるかに多くの人手とエネルギーが
必要なのだということも、
実際にその様子を見て
初めて実感しました。
そして今年、
もうひとつ気づいた
「しまつ」がありました。
宵山の翌朝の街です。
今年は宵山の時期、
ほぼ毎朝のように
鉾町の通りを散歩していました。
歩きながら、
何かが違う。
いつもの宵山の翌朝と違う。
そんな感じがしていました。
宵山の3日間は
大勢の人たちが鉾町を訪れます。
露店も並び、
食べ物や飲み物を楽しみながら
たくさんの人が行き交います。
以前は、その翌朝になると
食べ物や飲み物の容器などが
あちこちに散乱している光景を
目にすることがありました。
ところが今年は、
ゴミがほとんど見当たらなかったのです。
そういえば宵山の期間中、
あちこちにゴミを集める場所が設けられ、
ボランティアの方々が
「ゴミはこちらに捨ててください」
と声をかけていました。
そしてきっと、
宵山が終わった後にも
多くの方が街をきれいに
してくださったのでしょう。
あれだけ大勢の人が集まった翌朝に、
何事もなかったかのように
街が整っている。
そこには、
私たちには見えないところで
「しまつ」をしてくださっている人が
いるのだと思いました。
京都市には
「しまつのこころ条例」があります。
「しまつ」とは、
ただ後片づけをすることではありません。
始まりから終わりまでを見届け、
使ったものを元に戻し、
次へとつないでいくこと。
祭の華やかさは
多くの人の目に触れます。
けれど、
祭が終わった後の街を
元の姿に戻す人たちの仕事は、
ほとんど人の目には触れません。
それでも、
祭の後にゴミが散乱している街より、
何事もなかったかのように
美しく整えられた街の方が、
その祭そのものまで
美しく感じられるように思います。
始めることだけではなく、
どう終えるか。
楽しむことだけではなく、
その後をどう始末するか。
最後まで美しく終えてこそ、
ひとつのことが完了する。
祇園祭は、
疫病退散を願う神事でもあります。
華やかな祭の後、
きれいに清められた街を歩きながら、
「しまつ」まで含めて
祇園祭なのかもしれない。
そんなことを思った今年の前祭でした。
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オフィス空(義永直巳)
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