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母の生きてきた時代とモノへの価値観

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母の生きてきた時代とモノへの価値観

母の生きてきた時代とモノへの価値観

2026/05/10

 

先日、実家へ帰ったとき、

母と一緒にシステムキッチンの中のモノを

全部出して見直しました。

 

母は、明らかにもう使わないだろう

というモノはかなり手放しましたが、

今は使ってないモノや

使用頻度の少ないモノを

手放そうとはしません。

 

私のモノではないので

母の思うようにすればいいと思いつつ

使ってないモノを手放せば

もっと空間ができて快適になるのに

という気持ちもありました。

 

母にしてみれば

そんなことは大きなお世話

なのです。

 

モノを分別しながら、

母の話を聞いていました。

 

いろいろと話を聞くうちに

思い出のエピソードがどんどん出てくるのです。

「これは、あの時の…」

「これは、お父さんが…」 など

 

モノに張り付いた大切な思い出は

モノを手放すと思い出まで

消えてしまいそうな気がするようです。

 

私も、以前はそう思っていたから

気持ちはわからないではありません。

 

 

「モノと思い出は別物」

という言葉は、母には響きません。

 

モノに対する価値観の違いを

まざまざと見せつけられます。

 

思い返せば、

私が子どもの頃は

電化製品なんて本当に少なかったのです。

 

実家はオール電化なので

今は電化製品で暮らしています。

 

昭和の三種の神器と言われた

白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫

 

子どもの頃あったのは白黒テレビと冷蔵庫。

冷蔵庫はもちろん、ドアは1つ。

フリーザーはありません。

 

洗濯機は私が小学校に入る頃に

やってきたような気がします。

それまでは、井戸端で洗濯板で洗濯していたのを

覚えています。

 

家にお風呂がなくて

祖母のところへ「お湯をもらいに」行ったり、

お風呂屋さんへ行ったり。

祖母宅のお風呂は五右衛門風呂でした。

 

冷暖房もなく、暖房は石油ストーブか練炭火鉢。

掃除機がなかったので、ほうきで畳を掃いてたっけ。

 

本当に電化製品が少ない時代でした。

 

そんな時代から、

家を建て、電化製品や生活用品を手に

入れてきたのだから

「手放したくない」

という気持ちにもなるのでしょう。

 

あんな時代には戻りたくない

という気持ちもあるのかもしれません。

 

先日、キッチンの断捨離を一緒にしていた時に

母の口をついて出たのは

「そんな余裕はなかった」

「毎日、必死に働いていた」

という言葉。

 

終戦直前に生まれ、

戦後の時代を生き抜いてきた母には

「時間と空間ゆとり」

なんて贅沢の極み、

縁遠い存在だったのでしょう。

 

所得倍増計画という国の方針のもと、

誰もが必死に働き、

所得を増やせば幸せになれると思っていた時代。

 

それでも、所得を増やすという

目標に向かって頑張れていたから良かった。

 

でも、今は、

モノにも困らずお金にも困らなくなったけれど

寂しさや虚しさが残っている

そんな世代なのかもしれません。

 

戦後の日本の経済を立て直すために

必死になって頑張ってきた人たち。

 

モノを手に入れたのに

心の空虚さを感じているのではないか

そんな思いがよぎりました。

 

時間と空間の贅沢が味わえなかった母に

少しでも時間と空間の余裕を

取り戻してもらえたらいいなと思っています。

 

母がごきげんに生きられるように。

そのために私ができることを

精一杯やろうと思います。

 

今日は母の日。

改めて母への感謝の気持ちが

湧いてきました。

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